【 プロ野球退団後に4年制大学へ 】進学して「教員+野球部指導者」を目指す選手たち

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JUNJUN
16年目の医療系国家資格取得者です。

野球を中心に活動してきました。
現在は
『法律』を勉強中です。
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プロ野球引退後に進学して教員と野球部指導者となる選手がいます。
今回はそんな彼らのその後の活躍と取り巻く環境について解説していきます。

 

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また、使用している写真は著作者・肖像者に連絡をとり許可を頂いています。

 

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当記事は以下の記事の詳細ページとなります。

 

引退後に「大学進学」を選ぶ選手たち

 

近年に変化が出てきてきているのが「進学」という選択肢
特に2018年からは國學院大學と選手会が提携し、進学サポートを行っています。

そうした影響もあり、若干名ですが進学する引退選手が継続的に出てきました。
また、将来安定した職業につきたいと考える選手が多くなってきた影響もあります。

[ 2015~2020年オフに進学した選手 ]

選手名 所属球団 進路
2015年オフ 田上健一 (27) 阪神 通信制の星槎大学共生科学部に進学 ()
オリックススコアラー (2016-2017)
データスタジアム (2018-2019)
株式会社ケイコンテンツ (2020-)
鈴木将光 (28) カープ 鍼灸師取得のため朝日医療専門学校広島校に進学 (2016-2018) ()
MSH医療専門学校野球部コーチ (2018-2019) ()
伊関鍼灸整骨センター (2019-2020)
すずき鍼灸整骨院 (2020-)
2016年オフ 伊藤義弘 (34) ロッテ 日本体育大学大学院に進学 ()
東福岡高校に保健体育教員として勤務 (2020-) ()
2017年オフ 今井啓介 (30) カープ 鍼灸師取得のため専門学校に進学
(同時にエレメンツストレッチに勤務)
松浦耕大 (24) カープ 柔道整復師取得のためMSH医療専門学校に復学
奥波鏡 (22) オリックス 関西メディカルスポーツ学院に進学
(2018年6月に退学)
2018年オフ 幸山一大 (22) ソフトバンク 國學院大學 (人間開発学部健康体育学科)に進学
2019年オフ 岡林飛翔 (20) カープ 國學院大學 (人間開発学部健康体育学科)に進学
島孝明 (21) ロッテ 國學院大學 (人間開発学部健康体育学科)に進学
2020年オフ 藤田航生 (22) 西武 理学療法士取得のため養成校に進学 ()
阿知羅拓馬 (27) 中日 柔道整復師取得のため養成校に進学 ()

 

① 2016年以降に4年制大学に進学したのは4人

 

2016年以降に退団と同時に進学したのは11人。
11人中、学に進学したのは5人となっています。

内訳は通信制が1人、大学院が1人、4年制大学が3人。
そのうち、4人が教員免許の取得を目指して進学しました。

大学進学以外の選手は医療系専門学校に進学しています。
医療系学校に進学した選手については以下の記事で紹介しています。

 

② 國學院大學「セカンドキャリア特別選考入学試験」と協定締結

 

2017年11月に選手会と國學院大學が「セカンドキャリア特別選考入試」の協定を結んでいます。
中学・高校の保健体育教員免許小学校の教員免許が取得でき、選手のキャリアも十分に生かせます。

  • 学部学科 人間開発学部 健康体育学科
  • 受験資格 日本プロ野球選手会が推薦する元日本プロ野球選手会所属選手
  • 選考方法 作文、面接
  • 合格枠  3名
  • 合格枠  入学金と授業料を4年間免除
  • 試験要綱 PDF資料

 

2018年オフには元ソフトバンクの育成選手だった幸山一大氏(22)が初の合格者に。
いくつか記事を読ませて頂きましたが、誠実そうな芯のしっかり方で今後の活躍期待しています。

 

翌年の2019年オフには元カープの岡林飛翔氏(20)、元ロッテの島孝明氏(21)の2名が合格。
現在、この3名が在籍し、教員免許と野球指導者を目指して学生として頑張っています。

youtube動画
引用元 : 【引退の真相/前編】21才で引退決断、元ロッテ・島孝明投手のセカンドステージ(前編) / Full-Count 【公式】

 

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③ 教員勤務歴10年、5年、2年、そして解禁へ

 

アマチュア指導解禁までには以下のような遍歴があります。
当初は教員勤務歴が10年必要でしたが、5年、2年と短縮され、2013年には解禁に。

教員制度初の監督就任となったのは後原富氏。
“10年”という基準は後原富氏が日本高校野球連盟会長に直訴したそうです ()

21013年解禁により教員就任直後に監督就任も可能となっています。
元ロッテの伊藤義弘氏は2020年に教員としてスタートし、同年に監督就任となりました。

[ 指導に必要な教諭歴の遍歴 ]

指導条件 該当監督
1984年 教員勤務歴が10年間必要 後原富
1994年 教員勤務歴が5年間必要 佐藤文男・西村高司
1997年 教員勤務歴が2年間必要 阿井英二郎・大野久・竹本修・有倉雅史・佐野心・酒井弘樹
古賀豪紀・若林弘泰・大越基・青木和義・川俣浩明・吉田道
2013年 教諭歴規定を撤廃 金森栄治・内田和也・小林昭則・染田賢作・伊藤義弘

※ 元プロ野球選手の大学野球監督は2005年に解禁

 

④ 「実験助手」として特例認定された辻博司氏

 

教員免許のない「理科実験助手」として2009年に特例認定されたのが辻博司氏。
実験助手は学校職員に区分され、その実績が日本学生野球協会から認められました。

[ 特例として認められた選手 ]

プロ所属 高校野球監督歴 担当科目
辻博司 大洋 (1969-1973) 神島 (和歌山) (不明) 理科実験助手

 

教員となり高校野球部監督となった選手たち

 

幸山一大選手のように教員となり、高校野球の指導者を目指す選手もいます。
実際に多くの選手が高校野球の監督となり、全国各地で指導者として活躍しています。

[ 教員+高校野球監督になった選手 ]

プロ所属 監督歴 担当科目
小嶋仁八郎 西日本 (1950) 別府緑丘 (大分) (1951)
津久見 (大分) (1952-2982)
蔦文也 東急 (1950) 池田 (徳島) (1952-1992) 社会科教諭
前川八郎 巨 人-阪 急 (1936-1946) 堀越 (東京) (1973- 1974 ?)
後原富 (★) 東映 (1968-1970) 瀬戸内 (広島) (1984-2005) 社会科教諭
佐藤文男 近鉄-阪神 (1972-1982) 府中東 (広島) (1997-2007)
西村高司 巨人 (1973-1975) 長浜北 (滋賀) (不明) 保健体育教諭
阿井英二郎 ヤクルト-ロッテ (1983-1992) つくば秀英 (茨木) (1999-2004)
川越東 (埼玉) (2005-2012)
地理歴史科教諭
大野久 阪神-ダイエー-中日 (1985-1995) 東洋大牛久 (茨木) (2003-2013)
竹本修 (★) 阪急-オリックス (1987-1990) 市立尼崎 (兵庫) (2000-2019) () 保健体育教諭
有倉雅史 (★) 日本ハム-ダイエー-阪神 (1990-1998) 札幌国際情報 (北海道) (2005-) 保健体育教諭
佐野心 中日 (1992-1995) 常葉菊川 (静岡) (2008-2009)
浜松開誠館 (静岡) (2017-)
酒井弘樹 近鉄-阪神-台中宏碁金剛 (1994-2002)  名古屋経済大高蔵 (愛知) (2009-2018) 国語教諭
古賀豪紀 オリックス (1989-1993) 九州文化学園 (長崎) (2009-)
若林弘泰 中日 (1992-1997) 東海大菅生 (東京) (2009-) 社会科教諭
大越基 ダイエー (1993-2003) 早鞆 (山口) (2009-) 保健体育教諭
青木和義 西武 (1997-2004) 出水中央 (鹿児島) (2009-不明)
川俣浩明 ロッテ-阪神 (1997-2002) 藤沢翔陵 (神奈川) (2010-) () 社会科教諭
吉田道 近鉄 (1993-1996) 浜松学院 (静岡) (2012-) 社会科教諭
石川賢 ロッテ-大洋-日本ハム (1983-1993) 埼玉平成 (埼玉) (2013-)
金森栄治 (★) 西武-阪神-ヤクルト (1982-1996) 金沢学院東 (石川) (2014-2017) 保健体育教諭
内田和也 ヤクルト (2002-2007) 立正大立正 (東京) (2014-) ()
杉本友 (★) オリックス-横浜-ヤクルト (1997-2005) 仁川学院 (兵庫) コーチ (2010-2014) ()
開明 (兵庫) 監督 (2015-2017) ()
西宮甲山 (兵庫) (不明) (2018-)
物理教諭
小林昭則 (★) ロッテ (1990-1996) 帝京第五 (愛媛) (2016-) () 保健体育教諭
染田賢作 DeNA (2005-2008) 西城陽 (京都) (2019-) () 保健体育教諭
伊藤義弘 ロッテ (2008-2016) 東福岡 (福岡) (2020-) ( 保健体育教諭

プロ入り前に教員免許を取得した選手

竹本修氏、有倉雅史氏、金森栄治氏、杉本有氏、小林昭則氏はプロ入り前に教員免許を取得。

 

 

① 教員となりコーチ・部長・助監督となった選手も

 

監督就任ではないですが、コーチ・部長・助監督になった選手もいます。
現在は指導などでチームを支えながらいずれは監督として活躍されるでしょう。

[ 教員+コーチ・部長・助監督になった選手 ]

プロ所属 コーチ歴 担当科目
舟山恭史 (★) 日本ハム (1990-1996) 成立学園 (東京) (2016-2017) ()
片倉 (東京) (2018-) ()
公民科教
伊達昌司 阪神-日本ハム-巨人 (2001-2006) 江戸川 (東京) 助監督 (2010-2014) ()
府中西 (東京) 部長 (2015-2018) ()
雪谷 (東京) 助監督 (2019-) ()
公民科教諭
三浦貴 巨人-西武 (2001-2009) 浦和学院 (埼玉) コーチ (2013-) () 公民科教諭
川頭秀人 (★) ソフトバンク (2007-2008) 鹿島実業 (佐賀) 部長 (2013-) () 保健体育教諭
春田剛 中日 (2006-2007) 水戸啓明 (茨城) 監督 (不明) ()
水戸啓明 (茨城) コーチ (2018-) ()
保健体育教諭
中本和希 (★) 近鉄-オリックス (2004-2006) 和歌山工業 (和歌山) 部長 (2015-)
西川明 中日 (2007-2010) いなべ総合学園 (三重) 副部長 (2014-2016) ()
神戸 (三重) 副部長 (2017-2019) ()
三重 (三重) 副部長 (2020-) ()
甲斐雄平 (★) 阪神 (2010-2012) 福岡西陵 (福岡) 不明 (2020-) () 保健体育教諭
花増幸二 (★) 日本ハム (1978-1980) 鳴門渦潮 (徳島) コーチ (2015-) () 保健体育教諭
深町亮介 (★) 巨人 (2007-2008) 名古屋工業 (愛知) (2020-) 部長 () 保健体育教諭
松家卓弘 横浜-日本ハム-ゲーリー (2005-2013) 香川中央 (香川) (2015-2018) コーチ ()
高松西 (香川) (2019-) 部長 ()
地歴公民科教諭

プロ入り前に教員免許を取得した選手

舟山恭史氏、川頭秀人氏、中本和希氏、甲斐雄平氏、花増幸二氏、深町亮介氏はプロ入り前に教員免許を取得。

 

[ 教員になったが野球部に関与していない選手 ]

プロ所属 高校野球監督歴 担当科目
二宮至 巨人 (1976-1983)
小川邦和 巨人-カープ- アグアスカリエンテス (1973-1984) 英語科教諭
宮本裕司 (★) ロッテ (2008-2010)

※ 宮本裕司氏は不明のためこちらに振り分けています

 

② ピークアウトした「進学して教員+野球部指導者」の道

 

大学で教員免許を取得し、高校野球の指導者を目指すピークとなったのは2000年代
監督となった選手の約半数が2000年代に集中し、2010年代に入るとピークアウトしています。

ピークアウトする大きな理由となったのが2013年から始まった学生野球資格回復制度
これにより教員免許は必須ではなくなり、3日間の講習で学生の指導が可能となりました。

そのため、大学に進学してまで、教員免許を取得する選手は減少しています。
単に高校野球を指導したいだけであれば、そういう流れとなるのも理解できます。

 

③ 現実は甘くない「学生野球資格回復制度」

 

確かに学生野球資格回復制度により学生野球の指導は可能になりました。
しかし、すぐに学生野球の指導者の道に進めるかと言えばそうではありません。

仮に、研修を修了したとしても学生野球に携わる人はごく僅かです。
多くの場合、年数回の指導やオフシーズンだけ指導するというのが現状です。

また、雇用するにも給与面で折り合いがつかない場合もしばしばです。
月20万円程度の給与となれば1軍を経験した選手には物足りないでしょう。

また、NPBから声がかかれば突然辞めてしまうというリスクもあります。
学生野球とNPBを天秤にかければ、NPBをとるのは仕方のないことです。

さらに登録者は年々増加しており、競争は激しくなっていきます。
そのような背景もあり、認定者1340名前後で専任指導者はごく一握りです。

 

④ 本気で学生野球の指導をするなら「教員免許が必須」

 

本気で学生野球の指導者をしたいのなら教員免許の取得が必須です。
教員になれば、元プロ野球選手の場合、チャンスは確実に広がります。

実際に元プロの教員たちは採用後すぐに野球部に携わっています。
コーチ、部長など様々ですが、多くの場合で短期間で監督に就任します。

また、資格回復制度のみでの監督就任は2~3年程度の契約が大半です。
契約延長がなければ、再び無職となり職探しを開始しなければなりません。

しかし、教員であれば野球を退いたとしても”職”としては確保されます。
監督でなくとも、部長や総監督といったサポート役にも回れるでしょう。

前述のように、「繋ぎ繋ぎの指導者」では一生職は安定しません。
50歳を過ぎて指導者の仕事がなくなり、職を失う人が多いのも事実です。

日本学生野球協会の内藤雅之理事は以下のようにコメントしています。
教員監督が95%と教員でなければ監督就任が難しいことを示唆しています。

高校野球の監督は教員が95%、学校職員が3%、外部が2%という事実がある。

イチローさん、なぜ資格回復が必要? 母校で指導可能に / 朝日新聞DIGITAL

 

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今回のまとめ

 

今回は引退後に教員と高校野球指導者になった選手について話を進めてきました。
引退後に野球の指導者を希望する選手は少なくなったとはいえまだ多いのが現状です。

好きな野球に携わり続けるひとつの選択肢として一番近道かも知れません。
高校野球の指導においては学生野球資格回復制度によりずいぶんと容易となりました。

それでも専属となっても短期間の契約が多く、職を転々とするのも現実です。
本当に学生野球の指導者として長く携わりたいのであればやはり教員免許は必須です。

プロ野球引退後に進学して教員免許をとるのは大変なことかも知れません。
そんな困難も乗り越えて、指導者現場に立つ元プロ野球選手たちの活躍を期待しています。

 

 

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