【 プロ野球引退後に競技転向 】ゴルフ・格闘技・競輪・クリケットなどで活躍する選手たち

簡単な自己紹介

JUNJUN
医療系国家資格取得16年目

◎ 野球を中心に活動
◎ 現在は「法律」を勉強中
◎ スカパー契約歴12年目突入

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プロ野球を引退後に多種目で活躍する選手がいます。
今回は転向した競技と転向した選手たちについて解説していきます。

 

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また、使用している写真は著作者・肖像者に連絡をとり許可を頂いています。

 

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他種目競技に転向した選手たち

 

プロ野球引退後に多種目競技に転向する選手もいます。
かつてはゴルフ、競輪、プロレスなど様々な競技で活躍してきました。

2010年以降は多種目競技に転向した選手はわずか3名。
以前のようにゴルフや競輪に転向する選手はみられなくなっています

時代の変化とともに競技選択も変わってきているようです。
ここからは過去に競技転向した選手とその遍歴を振り返っていきます。

① プロゴルファーに転向した元プロ野球選手

 

プロゴルファーに転向する選手は多そうですがそうでもありません。
引退後に挑戦する選手もいますが、数年で野球界に戻るのが大半です。

ゴルフの場合、時間をかければライセンスを取ることは可能でしょう。
ただ、本職として活躍できるレベルになるのは相当厳しいのが現状です。

[ プロゴルファーに転向した選手 ]

所属球団 競技歴
尾崎将司
(尾崎正司)
西鉄 (1965-1967) 1970-
西村公一 阪神 (1967-1973) 1973-
藤池昇龍
(藤池昇)
大洋-日拓-日本ハム (1972-1974)
2017死去
1978-2014

[ プロテスト受験資格 ]

  • 16歳以上の男性
  • 国籍は問わない

日本プロゴルフ協会

尾崎将司(尾崎正司)氏

 

そんな中、やはり尾崎将司(尾崎正司)氏の活躍は異例です。
賞金王12回、メジャー大会20勝を記録し、ゴルフ界でトップ選手。

通算優勝回数113回は世界プロツアー最多記録。
さらに2010年には世界ゴルフ殿堂入りまで果たしています。

 

プロ野球選手時代には西鉄に投手として入団し、3年目に野手に転向。
1軍出場を果たすも、3年目のオフに自ら退団を申し出て野球界から引退しました。

退団の経緯について過去に以下のようにコメントしています。
同期の池永正明投手の凄さをみて、プロ野球に見切りをつけた形となったようです。

池永に勝ちたいという気持ちが野球を辞める理由だった。野球では負けたけど、違う世界ではあいつを追い抜く。そんな気持ちだった。

【12月28日】1967年(昭42)西鉄投手だったジャンボ尾崎、退団申し出に球団社長キレる / スポニチアネックス

  • 20試合 0勝 1敗 防御率4.83 投球回41.1
  • 50試合 .043 (2/46) 0本 0打点 出塁率.120

 

② プロボウラーに転向した元プロ野球選手

 

元プロ野球選手でプロボウラーに転向した選手はわずか1人。
ボウリング人気の停滞などもあり、最初で最後の選手かも知れません。

[ プロボウラーに転向した選手 ]

所属球団 競技歴
龍隆行
(竜隆行)
東京 (1964-1968)
2017死去
1970-2017

[ プロテスト受験資格 ]

  • 中学卒業見込みの者
  • 学歴や職業は不問
  • 国籍も問わず (日本語の理解が条件)
  • 在籍5年以上のプロボウラー2名の推薦
  • 公認アベレージで前年度30ゲーム以上
  • アベレージは男子は190、女子は180

※ JPBA (日本プロボウリング協会)

龍隆行(竜隆行)氏

 

唯一プロボウラーに転向した元プロ野球選手の龍隆行氏。
ロッテの前身である東京オリオンズに入団し、投手として5年間所属。

退団後の1970年に本格的にボウリング始め、半年後の1971年にプロテストに合格。
現役時代は「日本プロボウリング史上ナンバーワンサウスポー」と呼ばれていたそうです。

ボウリング教室で講師もしていましたが、2017年に死去されています()
通算17勝は左投げのプロボウラーで最多優勝という素晴らしい記録を残されました。

  • 69試合 2勝 2敗 防御率4.56 投球回74.2

 

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③ プロ競輪選手に転向した元プロ野球選手

 

引退後の競技転向で最も多いのがプロ競輪選手です。
他の競技に比べて、開始時期が遅く成功しやすいのが特徴です。

競輪は競馬・競艇などと同じく公営競技となっています。
そのため、経済産業省管轄の国家資格の取得が必要となります。

[ プロ競輪選手に転向した選手 ]

所属球団 競技歴
西野忠臣 巨人 (1959-1963) 1963-1984
島田伸也 西武 (1964-1966) 1969-1996
宮本孝男 東映 (1969-1972) 1975-2001
石本龍臣 カープ (1984-1985) 1987-2011
塚本善之 カープ (1988-1990) 1993-2017
川口正 大洋-横浜 (1989-1993) 1995-2014
兵頭秀治 カープ (1998-2003) 2009-
松谷秀幸 ヤクルト (2001-2006) 2009-
萱島大介 阪神 (2003-2006) 2010-
宮崎一彰 巨人-西武 (2000-2006) 2010-
北野良栄 ダイエー-ソフトバンク (2002-2006) 2010-
伊代野貴照 阪神-兄弟 (2003-2009) 2012-

[ 日本競輪選手養成所の入所試験 ]

  • 満17歳以上の者 (入所する年度の4月1日現在)
  • 日本国内に居住する者

日本競輪

 

youtube動画
引用元 : 日本競輪選手養成所に入るには / 日本競輪選手養成所【公式】

松谷秀幸氏

 

ドラフト3位でヤクルトに入団しした松谷秀幸氏。
3度の肘の手術も経験し、1軍登板なくケガに泣いたプロ野球人生でした。

競輪転向後は通算優勝29回と活躍しており、プロ野球転向組で最多。
プロ野球時代に果たせなかった1軍ですが、“競輪では1軍で活躍”しています。

 

  • 1軍出場なし

 

youtube動画
引用元 : 【GI競輪祭】松谷秀幸がうれしい200勝達成だ! / tokyosportsmovie【公式】

萱島大介氏

 

入団テストを受け、ドラフト11位で阪神に入団しした萱島大介氏。
俊足選手として期待されたものの、打撃面での課題があり1軍出場なしで引退。

阪神の用具係を1年間経験した後に競輪選手に転向しています。
転向後は通算優勝13回を数え、松谷秀幸氏とともに“1軍選手”で活躍しています。

  • 1軍出場なし

 

youtube動画
引用元 : ココロ、沸かせ!別府けいりん 萱島大介篇 / ココロ、沸かせ!別府けいりん【公式】

宮崎一彰氏

 

ドラフト7位で巨人に入団しした宮崎一彰氏。
1軍出場を果たすも、定着まで至らずプロ野球を退団しました。

西武を退団後は1年間四国アイランドリーグに選手兼コーチで所属。
競輪転向後は通算優勝8回を記録し、競輪選手として活躍しています。

  • 71試合 .213 (13/61) 0本 3打点 出塁率.294

 

youtube動画
引用元 : 2017/05/30 ★宮崎 一彰 前検インタビュー / 高知競輪【公式】

北野良栄氏

 

ドラフト5位でダイエーに入団しした北野良栄氏。
長打力を期待されたものの、1軍出場を果たすことなく引退しました。

西武を退団後は1年間四国アイランドリーグに選手兼コーチで所属。
競輪転向後は通算優勝18回を記録し、競輪選手として活躍しています。

  • 1軍出場なし

 

youtube動画
引用元 : 2017/04/15 第1R ②北野 良栄 勝利者インタビュー / 高知競輪【公式】

伊代野貴照氏

 

ドラフト10位で阪神に入団しした伊代野貴照氏。
プロ初勝利を果たすも、わずか3年間でプロ野球を退団しました。

その後、兄弟エレファンツと高知ファイティングドッグスに所属。
競輪転向後は通算優勝20回を記録し、松谷秀幸氏に継ぐ回数を記録しています。

  • 10試合 1勝 1敗 防御率7.04 投球回21.0

 

youtube動画
引用元 : 【日本競輪学校第101回生入学式】 元阪神投手・伊予野貴照 / tokyosportsmovie【公式】

 

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④ 格闘家に転向した元プロ野球選手

 

引退後の競技転向で2番目に多いのが格闘家です。
格闘家といってもプロレス、総合格闘技、キックボクシングと多種に渡ります。

ただ、ほとんどが短期間で引退し、別の仕事に就いています。
実力というより、知名度や話題性でスカウトされることが多い印象です。

[ 格闘家に転向した選手 ]

所属球団 競技歴
ジャイアント馬場
(馬場正平)
巨人 (1955-1959) プロレス 1960-1998
(死去)
立川隆史 ロッテ-阪神-誠泰 (1994-2006) キックボクシング 2007-2010
(現在は野球解説)
高野忍 巨人 (1999-2003) プロレス 2009-2010
(現在は住宅設計会社「バロック」勤務)
古木克明 横浜-オリックス-ハワイ (1999-2009・2013) 総合格闘技 2010-2011
(現在は会社設立)
相内誠 西武 (2013-2020) キックボクシング 2021-
SIEL (起業)

立川隆史氏

 

ドラフト2位でロッテに入団しした立川隆史氏。
競技転向組で最もプロ野球で実績を残した選手といって良いでしょう。

和製大砲として期待され、プロ9年間で28本塁打を記録。
当時のロッテの日本人選手では初芝清選手につぐ長打力の持ち主でした。

阪神退団後は台湾プロ野球に所属しましたがチームが解散。
2007年からはK-1のトライアウトを受験し、同年にK-1でデビュー。

京太郎選手との引退試合では以下のコメントを残しています。
格闘家としての2年間で通算6戦3勝3敗(2KO)の成績を残しました。

12年間野球をやってきて、3年間格闘技をやらせてもらいましたが、野球で出来なかった引退試合をこのリングの上で出来たことを嬉しく思います。

【サバイバー】元ロッテの4番打者・立川隆史が涙のK-1引退 / GBR

 

現在は野球解説千葉幕張ボーイズの監督して活躍しています。
ファンにも支持され、現役時代の実績に加え、良い人柄も垣間見えます

  • 17試合 .236 (315/1336) 28本 117打点 出塁率.314

 

youtube動画
引用元 : Survivor Round.3 ~立川隆史・引退記念興行~ 立川隆史 vs 京太郎 / SurvivorKick【公式】

高野忍氏

 

ドラフト8位で巨人に入団しした高野忍氏。
長打力を期待されましたが、1本塁打を放ったのみで引退しました。

引退後から5年後にプロレスラー転向を正式に表明。
しかし、2試合の出場で体の不安も感じてリングを降りました。

ジェロムレ・パンナと対戦する可能性もあったとのこと。
現在は鉄骨業のかたわら、T.B.Bという野球教室も運営しています。

  • 17試合 .167 (3/18) 1本 1打点 出塁率.167

古木克明氏

 

ドラフト1位で横浜に入団しした古木克明氏。
甲子園での活躍を機に、ドラフト1位候補として注目されました。

4年目の2003年には22本塁打を放ち、将来を嘱望しょくぼうされました。
しかし、その年がキャリアハイとなり2008年にはオリックスにトレード。

2010年に総合格闘技に転向し、翌年に格闘家として初勝利をあげています。
その後はThe Baseball Surferを起業し、横浜保土ヶ谷ボーイズ監督でも活躍しています。

  • 537試合 .247 (312/1263) 58本 150打点 出塁率.305

 

youtube動画
引用元 : Furuki backstage after Andy fight – Dynamite!! / K1【公式】

相内誠氏

 

ドラフト2位で西武に入団しした相内誠氏。
高校時代は「房総のダルビッシュ」として関東No.1投手と評価されました。

将来が期待されていたものの、様々なトラブルもあり2020年で引退に。
引退と同時にキックボクシング転向を示唆し、2021年に格闘家デビュー。

格闘家転向と同時に、アパレルブランド「SIEL」も起業しています。
色々あったプロ野球人生ですが、次のステージでの活躍を期待しています。

  • 21試合 0勝 7敗 防御率10.05 投球回43.0

 

youtube動画
引用元 : 野球界の問題児がボコボコKO負け!衝撃のデビュー戦…!全試合期間限定無料公開中!/ ABEMA 格闘CH【公式】

 

⑤ クリケット選手に転向した元プロ野球選手

 

近年、競技転向として新しい分野となったクリケット。
日本では聞きなれない競技ですが、競技人口は全世界で1億5000万人以上います。

トップ選手ともなると年俸が30億円を超える選手もいます。
南アジア圏では特に人気のスポーツで、ワールドカップも開催されています。

野球のルーツとなった競技でもあるだけに、元プロ野球選手との相性も良いです。
今後は新たな選択肢として、プロ野球引退後に抽選する選手も増えるかも知れません。

youtube動画
引用元 : What Is Cricket? Get to know the sport / ICC【公式】

[ クリケット選手に転向した選手 ]

所属球団 競技歴
木村昇吾 横浜-カープ-西武 (2003-2017) 2018-
山本武白志 DeNA (2016-2018) 2019-

木村昇吾氏

 

ドラフト11位で横浜に入団しした木村昇吾氏。
カープファンの自分にとって最も思い入れのある選手です。

活躍が目立ったのはカープ移籍後の2010年代前半。
当時、東出輝裕選手や梵英心選手など内野陣のケガ人が多発。

そんな中、内外野を守れるスーパーサブとして活躍しました。
規定打席不足でしたが、2010年と2013年には打率3割を記録しています。

2015年にはレギュラーを求めFA宣言するも、声がかからず越年に。
その後、西武の春季キャンプにテスト生として参加し、正式に契約。

脇谷亮太選手が巨人復帰したこともあり、ベテラン選手の獲得となりました。
しかし、移籍1年目の6月に右膝前十字靭帯損傷し、目立った活躍なく引退に。

引退後は元プロ野球初のクリケットに挑戦すると発表しています。
転向後は日本代表強化選手に選ばれるなど、日本と海外を行き来しています。

  • 733試合 .261 (294/1128) 3本 71打点 出塁率.304

 

youtube動画
引用元 : クリケットに挑む史上初の挑戦者 元プロ野球選手・木村昇吾の新たな道 / TIMELINE – タイムライン【公式】

山本武白志氏

 

育成ドラフト2位でDeNAに入団しした山本武白志氏。
父親は巨人やロッテで活躍し、引退後はロッテの監督も務めた山本功児氏。

長距離砲として期待されましたが、2軍でも本塁打はわずか1本
3年間の育成契約の終了とともに自由契約となり、現役を引退しています。

引退後はクリケット選手に転向することを表明しました。
2020年には木村昇吾選手とともに日本代表の強化選手に選出されています。

  • 21試合 0勝 7敗 防御率10.05 投球回43.0

 

youtube動画
引用元 : 山本武白志インタビュー / 佐野クリケットチャレンジ!!!【公式】

 

まとめ記事にジャンプ

今回のまとめ

 

今回はプロ野球引退後に他競技に転向した選手について話を進めてきました。
プロレス、ゴルフ、競輪選手など古くから他競技に転向する選手はいました。

2000年代には格闘技ブームによる転向や近年ではクリケット転向もみられます。
身体能力の高い選手であれば、早いうちであれば競技転向も十分に可能でしょう。

プロ野球で成功しなかった選手が他競技で成功した場合もあります。
転向することで自分の才能が開花することもあるのでチャンスでもあります。

今後はさらに新たな競技が転向先となるかも知れません。
それぞれの競技に進んだ選手たちが新たな場所で活躍してくれることを期待します。

 

 

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